不動産投資の税金と節税

世界の相続税事情~海外との税率比較と日本の推移~

1.相続税の改正とその推移

相続税は、すべての国に存在するわけではありません。そもそも相続税がない国や、相続税を廃止した国があります。
そこで、それらの国に移住すれば相続税が軽減もしくはなくなるのでしょうか。

2017年1月の税制改正では最高税率が50%から55%に引き上げられました。同時に、非課税枠の基礎控除が約4割も縮小されたので、課税対象が広がりました。死亡者数に対する相続税納付者数の割合は、約4%から約6%に上昇します。
日本での相続税は誕生から110年以上が経っています。始まりは、1905年に日露戦争の戦費調達が目的でした。その後、相続税の転換点は第2次世界大戦後に移ります。連合国軍総司令部(GHQ)の「シャウプ勧告」により抜本的に見直されました。財閥など一部の富裕層に富が集中するのを防ぐため、最高税率は1950年に90%に引き上げられ、遺産が長男に集中しないよう制度も改められました。
以降、最高税率は75%(1953年)→70%(1988年)→50%(2003年)と段階的に引き下げられました。しかし、2017年1月の改正で55%に引き上げられたのです。

では次に、海外諸国と比較してみましょう。

2.相続税のない国、ある国とその対象

カナダとオーストラリアでは1970年代に相続税が廃止されました。その後。1992年にニュージーランド、2004年にスウェーデンが相続税を廃止しました。
アジアでは、マレーシアやシンガポール、中国に、相続税制度がありません。
一部の相続税のない国は、自国に富裕層を招き入れたいとする発想もあるようです。
また、政治的な問題のほか、徴税制度そのものの整備が遅れているという事情もあります。

欧米諸国の相続税率は表1の通りです。日本が相続税率高いことがわかります。課税最低限度は国ごとに異なり、米国は約6億円以上の富裕層のみです。
欧州諸国は、条件がありますがイギリスとドイツは日本の1.5倍、フランスは逆に1/3程度です。
株式について評価額では課税せず、売却し現金化しない限り実質的に相続税を繰り延べることができます。ドイツ以外は、配偶者に対する免税があります。

(表1)欧米諸国の相続税率

最高税率 課税最低限度(概算:相続人数によって変わる)
日本 55% 36,000千円
アメリカ 40% 約650,000千円(1ドル@120円)
イギリス 40% 約60,000千円(1ポンド@180円)
フランス 45% 約13,500千円(1ユーロ@135円)
ドイツ 30% 約54,000千円(1ユーロ@135円)

3.平成29年改正までの推移

(ア) 旧民法(1896-98年制定)

旧民法において相続とは「家督相続制度」です。
「家」の下での相続です。各家には「戸主」がいて、戸主が亡くなると一身専属的なものを除いた全ての権利義務を包括的に戸主の長男に相続させる形が原則でした。男子がいない場合は女子の最年長者が相続しました。

(イ) 新民法(1947-48年から)

新民法は、日本国憲法の民主的な方針を反映させるために、家督相続制度は廃止しました。
その後、1981年の改正で、配偶者の地位が向上しています。
例えば、法定相続分について、現在は、「相続人が子と配偶者の場合:配偶者が2分の1、子が2分の1(子全員)」ですが、それ以前は、「配偶者が3分の1、子が3分の2(子全員)」でした。

シャウプ勧告を受けて1950年に施行された相続税法では最低税率が25%、最高税率が何と90%と定められました。
これは50,000千円を超える金額を相続する場合に適用され、それまでの最高税率55%に比べて非常に厳しいものでした。
所得税の減税と合わせての成立でした。1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、連合軍から日本が独立したことで、相続税改正の動きが始まり、最高税率は一時75%に引き下げられ、1988年まで続きます。

(ウ) 1988年改正

改正相続税法が次に大きな改正を受けたのは1988年になります。
この大改正は、バブルによる地価高騰に対応させ、これ以上の高騰を抑制するものです。
基礎控除を20,000千円から40,000千円に引き上げ、最低税率10%適用を2,000千円から4,000千円に引き上げ、最高税率を75%から70%に引き下げました。
その他、実態に合わせて様々な部分が改正されています。

(エ) 1992年改正

その後も段階的に基礎控除の拡大と税率の軽減が行われました。つまり、2015年の改正までは、減税傾向での改正でした。
相続財産の基礎控除額は1992年改正で48,000千円、1994年改正で50,000千円となって2015年まで続くことになります。
相続税率の最低税率は、10%が適用される金額が1992年改正では7,000千円以下、1994年改正では8,000千円以下、2003年改正では10,000千円以下、とされています。
そして、相続税の最高税率は、1988年改正で「5億円超で70%」だったものが、1992年改正で「10億円超で70%」、年改正では「20億円超で70%」、2003年改正では「3億円超で50%」となりました。

(オ) 2015年改正

2015年施行の相続税法は、基礎控除額が「50,000千円+10,000千円×法定相続人の数」から「30,000千円+6,000千円×法定相続人の数」に変更されました。
これにより相続税の納付義務者が全人口比約2%以上(4%→6%)の増加が予想されています。
また、税率も「3億円以下で30%」までは変わりませんが、その上が今までは「3億円以下で40%」、「3億円超で50%」と2つだけだったものが「2億円以下で40%」、「3億円以下で45%」、「6億円以下で50%」、「6億円超で55%」と細かく区分された上に最高税率が12年ぶりに引き上げられました。
基礎控除を引き下げることによって広く浅く課税を行うと同時に、多額の遺産相続をする人に対しては税率を上げてより多くの徴税を行うのです。

4.政策としての相続税

相続税の必要性について考えてみます。

① 必要な理由

1. 資産が一部の資産家一族に集中することは、戦前の財閥のような自由で公平な社会の構築を阻害することがあります。

2. 国民に将来に対する夢を与えるためにも、偏った資産分布を修正できる制度を相続税制度に期待します。

3. 相続税は国家の貴重な財源として定着しています。

4. 相続税制度は、資産の再分配としての意味合いも持っています。

② 不要とする理由

1. 中小企業の事業継承に大きな問題となっています。
複数の相続人に会社継続のために必要な会社の資産が分化、分散され、一部の資産売却は事業継続を断念せざる得ない結果となるからです。

2. 中小企業の市場での売却不能な株式まで、一定の評価方法で金額が算定され課税されるので、会社の資産を売却し、納税資金を捻出する必要がある。

3. 資産を持つ優秀な人材が、相続税の存在で、海外へ流出する可能性があります。また、資産の国際的な移転が起こる可能性があります。

4. 大きな相続税の存在が消費意欲を減退させます。

政府の政策転換は、バブル時の高騰時よりも50%から70%と大きく下落(50%~70%)した地価に合わせて制度を変更しました。
つまり、相続税を負担すべき人の減少を抑えるとともに、税収を維持するのです。
また、相続税の国際比較を念頭に置き、税負担の公平性を保つために、課税逃れ対策を強化しました。一方で、中小企業の事業継承が行えるように、税の繰延制度を導入し、諸外国に比較し不十分ながら順次改正されつつありています。
常に、経済成長、衰退に合わせるように調整が行われているのです。
そして、消費を減退されないように、子や孫への贈与税を条件付きながら軽減する改正も行われています。

税理士 齋藤聡

慶應義塾大学 経済学部(計量経済学専攻)卒業。 東京大学大学院 法学政治学研究科(民刑事法専攻)修了。 東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)に20年間勤務、銀行で法務とベンチャー支援の知識を身に着ける。その後産業能率大学にて、法律、税法、ビジネスプラン等を教え、現在教授を務める。